2006年03月21日

念願の・・・

ここ一年くらい、明治から戦前までの、皇室や旧大名家関係の人が書いた本を
いろいろ読んでいるのだが、その中で、故秩父宮勢津子妃殿下の自伝と、
山川捨松に関する本も数冊読んだ。

秩父宮勢津子妃殿下は、父は会津藩松平家当主の血筋で外交官、母は
佐賀藩鍋島家の姫で、勢津子妃は要するに会津のお姫様。

日本初の女子留学生の一人であった山川捨松は、会津藩家老格の藩士の娘。

で、会津若松に、折を見て行こう、と心に決めていたのであるが、
その折がようやく巡ってきた。

今回の小旅行のメインは、当然会津若松。
だが、せっかくなので、隣県の山形県まで足を伸ばすことに…

まずは山形県入り。山形では、以前から気になっていた
「冷やしラーメン」を食べたい、山形新幹線「つばさ」にも
乗りたい、という希望をかなえるべく、県内の駅から電車で
山形県の県庁所在地、山形市へ行く。足も無いので、十字屋とか駅周辺を
ブラブラ散策するも、悪天候であえなく挫折。バスセンター二階に
あったラーメン屋で、季節外れの冷やしラーメンを食べた。
本来は当然、夏メニューであるらしいのだが、今年はちょっと早めに
お試しでメニューに加えてあったらしい。ラッキーだった。

それからいよいよ「つばさ」に乗って車を停めてある駅へ戻り、米沢へ。
米沢に着く頃には、悪天候がさらに酷くなり、吹雪になっていた。
とても外を散策できる状況ではなく、ラーメン食べたばかりであったが、
夕食に米沢牛のお店へ行き、米沢牛を堪能。

それからいよいよ福島県内へ向かったのだが、吹雪は勢いを増し、
国道などは前も見えない状態。この日は、低気圧が北海道にあって
東北・北海道を中心に大荒れになっており、強風などの被害も出てたと
全国ニュースで後になって知ったが、その時は、とにかく早く会津に
行かなければならない一心で、途中、車を停めてはウインドウにへばり付いた
雪を落としながら、なんとか無事に喜多方入り出来た。

喜多方に来たからには、当然ラーメンを食べねばならないのだが、
なにせ腹いっぱいなため、ヨークベニマルをひやかしてから
会津若松に向かい、健康ランドに泊まる。

次の日、会津若松駅の蕎麦屋さんで朝食。
旅印セットとか何とかいうメニューを頼んだが、これが郷土色豊かで
すばらしい。蕎麦はざる、つけつゆは関東風で、これに会津郷土料理
であるらしい鰊の山椒漬と、棒タラの煮物、まんじゅうの天ぷら(!)
が付いていた。どれも美味しかったのだが、中でもまんじゅうの天ぷら
は初めて食べたがかなりウマイ。

そしていよいよ、今回の旅の最大目的である「鶴ヶ城」へ。
会津のお城である鶴ヶ城は、戊辰戦争時に城が戦場になってボロボロ
になっていた上、白虎隊でも知られるとおり賊軍の汚名を着せられた
会津藩のお城であるから、維新後すぐに取り壊されてしまっていて、
現在の天守閣は復元天守である。しかし、外観は忠実に復元されており、
とても美しく、天守内の展示にも力がこもっており、見ごたえがある。
じっくり鑑賞した後、いよいよ天守に登ったのだが、昨日からの悪天候。
猛吹雪で、天守からの眺めは何も見えず…残念。
その後、千利休時代の茶室を移築したのを見、お薄と藷預まんじゅうを
頂いて時計を見れば、城に来てから2時間も経っていた。

それから、昨夜逃した喜多方ラーメンを食べに、喜多方へ向かい、
市内をぐるぐるまわってラーメン屋を物色してから、目星をつけた
店にはいり、とろけるチャーシューラーメンを食べる。
最近は、全国あちこちのチェーン店で喜多方ラーメンを食べられるが、
まぁ、そんな感じの味で、特に本場で食べる意義も感じられなかったが
味は見た目に反してあっさりしており、とても美味しかった。

後は、磐越道で新潟に入り小洒落た店で美味しい御飯を食べサウナに泊まり、
私にとっては二度目となった政令指定都市(予定)の80万都市新潟を
それなりに堪能してクタクタになりながらも無事に帰宅。

うちのmieも、長時間にわたるお留守番。
いままでは、万博に行った時の50時間ほどが最長お留守番記録だった
のだが、今回はそれを更新して55時間のお留守番になってしまった。

人間の方は、長時間の運転とサウナ泊まりでクタクタ…
早く寝なきゃc⌒っ ´ρ`)っφ

posted by pianissimo at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記